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回復期病棟雑感 2

2 世間病棟模様

 自分の入院した病院は、規模の大きな総合病院だった。泌尿器科に耳鼻咽喉科から外科、内科に至るまで、地域の病人、けが人を一手に面倒見るほどの大病院…といっても、田舎の農村部にある市民病院なんだが。
 とは言え、それなりの大病院である。大きな建物に多数の病室を抱えている。自分がお世話になったのは形成外科。手術前に入ることになった外科病棟の4人部屋は、いわゆるフツーの病室とは雰囲気がちょいと違った。
 あちこちの病院を旅してまわったわけではないので、スタンダードな病院の標準的な姿を知っているわけではない。ただ、多くの病室が陰鬱なイメージだということは推測に難くない。

 入院しているのは、みな病人かけが人である。未来の喜びに満ち満ちているのは、出産を控えたお母さん予備軍でいっぱいの、産婦人科の病室くらいのものだろう。
 僕が入ったのは、西病棟の中央付近。各病室は長いカーテンで仕切られ、カーテンはぴたりと閉じている。中に人がいるのかすらわからない。そりゃそうだ、開いたカーテンから患者が顔を覗かせ、にっこり挨拶するような病院、確かにそんな病院があれば楽しいだろうが、「らしくない」ではないか。
 で、病室に入ったときには自分は既に仰向けの状態だったので、周囲に愛想を振りまくこともできなかった。普通の病室のありきたりな入院患者らしく、無口で無愛想にしていた。ところが、この病室はちょっと雰囲気が違うぞと思ったのだ、

 病室に入ると、隣のベッドのカーテンがシャーッと開き、隙間からおじさんが顔を出した。まるで故・志村けんさんのコントみたいな登場の仕方だが、本当だから仕方がない。
 「私はXX炎で入院してるんですが、明日退院なんですよ」退院が近くて、声をかけたくなったのだろう。せっかくだからこちらの状況を手短に説明。
 「よかったですねぇ、私は大腿骨の骨折で、まだ手術の予定が立ってないんですよ」
 「それは大変ですね。で、お隣の△△さんは〇〇の病気で…」
 自己崩壊を済ませると、他己紹介を始めちゃったよ。自分の退院を知らせたいというより、一通り病室のメンバーを紹介したいようだ。こうして患者たちは何となく打ち解け、おじさんたちは世間話モードへ。
 翌日、隣のベッドのおじさんが退院する日には、「お世話になりました、ありがとう」とあいさつし、残る我々は「おめでとうございます」「よかったですね」とはなむけの言葉。そしてパチパチと拍手。
 ちょっと待ってよ、ここ、病室でしょ?

 手術が終わった後は、東病棟の奥、手術前とは違う病室に移動した。ここでは、誰もカーテンから顔を出したりしない。実にみなさん他人である。前の病室に馴染んでしまったが、こちらの陰気な雰囲気が正しい病室なのである。
 お互いの病名はもちろん、名前も年齢も不明。そもそも顔を合わせたことすらない。声を聞いたことのない人もいる。
 そんな中、やたらと声を聞いたのが向かいのベッドのおじいさん。偏見を恐れずに言うと、耳の遠くなったおじいさんはおしなべて声がでかい。
 僕はパソコンの音声を聞くため、ヘッドフォンを端子に接続し、音声を流した。と、ヘッドフォンの外(要するに現実の病室)から何か声が聞こえる。ヘッドフォンを外すと、向かいのベッドから怒鳴り声が。
 「うるさいっ!」かなりお怒りのようだ。ひょっとして僕のパソコンから音漏れ?
 「すみません」反射的に謝ったが、そんなはずはない。だって、ヘッドフォンを外した自分の耳には、そのおじいさんの怒鳴り声以外、何の音も聞こえないのだから。

 謝ってもなんの返答もない。無口で怒りっぽいじいさんなのか…そう思った瞬間、いびきが聞こえてきた。寝言だったらしい。それにしても、まるで起きているような、およそ老人とは思えない明確な怒鳴り声だった。
 さらに寝言は続く。「あほか」「ばかやろう!」「何言うとるねん」寝言とは思えないほど明確な罵詈雑言の数々。眠ってまでこれだけの悪口を言うとは…いや、眠っているからこそ、普段は口に出せない乱暴な言葉が出てしまうのか?
 このおじいさんの普段の生活、それ以上に彼の過去を知りたいと思った。たまたま病室で向かいのベッドにいただけの他人の人生に、ここまで興味を抱いたことははじめてである。

 病院とは、実に奥が深い。


by FunatobeRei | 2021-08-30 16:16 | 身辺雑記 | Comments(0)